Yoshifumi Kobayashi

一人になると思考がコントロールできなくなってしまう。そんな苦しみから救い出してくれたのは、仲間との繋がりでした

メンタル不調に悩む人たちを支援すべく、メンタルヘルスに特化した創薬系ベンチャーを起業した小林宣文さん。しかしその数年後、自分自身も気づかないうちにうつ病を発症。病と闘う辛い日々が始まりました

小林 宣文(コバヤシ ヨシフミ)さん

日本

職業

現在、ベンチャーの代表や役員に対して、経営とメンタルヘルスの両面からサポートする事業を立ち上げている

診断

2019年 うつ病を発症

うつ病に苦しむ友人の支援から起業へ

最初に精神疾患との関わりを持ったのは、学生時代にまで遡ります。大学で知り合った友人がうつ病やパニック障害に悩まされ、サポートをしたのが始まりでした。数年後、自分自身が当事者になるとは思いもしなかったといいます。大学・大学院では物理学を専攻し、卒業後は自動車メーカーに就職。内装設計など開発の仕事に携わりました。そうした中、大きな転機が訪れました。創薬の研究職に従事していた大学時代の先輩Oさんが、精神疾患の薬を開発したものの、研究所勤務だったため事業化できないでいました。このままでは、せっかくの優れた技術も苦しんでいる人たちに届きません。小林さんの脳裏には、大学時代にうつ病で苦しんでいた友人の姿が思い浮かんだといいます。

 

「大学時代から医療従事者ではない自分にも何かできることがあるのではないか、そんな思いを抱いていたんです。だからOさんの話を聞いたときに、薬を世の中に広めるために役に立ちたいと思いました。起業を決意するまでに、さほど時間はかかりませんでしたね」

 

使命感に駆られ勤めていた会社を退職し、Oさんと共同で精神疾患領域の医療・ヘルスケアを手掛けるベンチャー企業を立ち上げました。2015年のことです。自ら代表に就任し、その後、事業を順調に軌道に乗せました。そして自身もやりがいを感じながら、多忙な日々を駆け抜けていったのですが…。

心身に現れた異変。まさか自分が当事者に…

「当初はうつ症状の自覚はおろか、メンタルの異変にすら気づきませんでした…」と振り返ります。きっかけは、事業の新メンバーとの人間関係のトラブルでした。悩む日々を重ね、やがて眠れなくなりました。考え込んだまま、気がつけば朝を迎えてしまう。そんな状況にも「悩んでいるから眠れないだけだ」と自分に言い聞かせていたそうです。あれほど食べることが好きだったのに、食欲も落ち、体重は20kg以上も激減しました。

 

「一人の時間が地獄でした。考えることが止められなくなってしまうんです。自分の思考がコントロールできず、ぐるぐると同じことばかり考えてしまう。ついには日常生活にも仕事にも支障を来たすようになりました」

 

小林さんの異変に最初に気づいたのは、他ならぬ事業パートナーのOさんでした。ある日、電話で会話中に「お前最近ちょっとおかしいぞ。喋り方もすごく暗いけど、何かトラブルを抱えてないか?」と心配そうに問いかけてきました。そのとき屋外にいた小林さんは、人目もはばからず号泣してしまいました。そしてOさんは電話越しで通院を勧めてくれました。

 

「仕事で精神科に足を運ぶことも少なくありませんでしたが、いざ自分が当事者になると、医者に対しても薬に対しても抵抗感がありました。でもOさんが背中を押してくれました。違うなと思ったら替えればいいから、まずは行ってみて話を聞いてごらんと。そのひと言で本当に救われた気持ちになりましたね」

 

受診すると、適応障害によるうつ状態であることがわかりました。さらにその後も状態は改善せず、ついにはうつ病と診断されました。治療に専念するため、志半ばで代表を退任。同時に大好きだった仕事も辞めました。

感情が暴走する日々から、穏やかな日常を取り戻す

治療開始直後が最も症状が重かったといいます。理由もなく急に悲しくなる。涙が止まらない。昔のトラブルがフラッシュバックする。なかなか眠れない。夜中にうなされて飛び起きる。朝ベッドから起き上がれない。ついには死にたくなる、消えたくなるといった希死念慮に襲われる。そんな毎日を「早く今日が終わればいい」とぼんやり考えながらやり過ごしました。

 

一人でいると、ついつい考え込んでしまうが、誰かと話していると気が楽になったそうです。治療も後半に差し掛かると、ごく少数の近しい人たちと会い、少しずつ元気を取り戻していきました。「代表を退任し、仕事仲間は誰一人いなくなってしまったと思っていたんです。でも、多くの仲間が僕の復帰を待ち望んでくれ、声をかけてくれました。嬉しかったですね。一人じゃなかったんだって!」

 

リハビリを兼ねて、仲間たちの仕事を少しずつ手伝い始めました。一方、主治医の勧めで取り組み始めたのが、リワークデイケアです。社会復帰に向けたこの治療プログラムを通じて、メンタルヘルスやメンタルスキルについて学び、自分と同じように休職している人たちとディスカッションや交流を重ねました。こうして仕事の手伝いとリワークデイケアという2つの軸で人との繋がりを持ったことで、回復に向かっていったといいます。

 

一方で、当時トラブルが起こった現場には今も近づけません。事務処理能力や記憶力も大幅に低下し、かつての自分とのギャップに戸惑うことも少なくないそうです。なかでも悩ましいのが、語彙力や言語能力の低下だといいます。相手に伝えたい最適な言葉がすぐに出てこないもどかしさ。だが、そんな状況に対しても、

いつか良くなればいいな、くらいに考えています。焦らず、気長につき合っていく覚悟です! 小林 宣文さん

精神疾患に対する偏見をゼロにしたい

現在薬の服用はほとんど必要なくなり、通院自体も不定期となりました。症状が軽快していくのに合わせて、仕事も少しずつ再開。自身の闘病体験を活かし、メンタルヘルスの不調を抱えているベンチャーの代表や役員に対して、経営とメンタルヘルスの両面からサポートする事業を立ち上げました。サービスを通じて、自分と同じ病に苦しむ人たちの役に立ちたい――。一度は途切れた道を、小林さんは再び歩み始めました。

 

「精神疾患と聞くと、少し構えてしまうような価値観が未だに残っているように感じます。そんな偏見をゼロにしたい。風邪をひいたら気軽に病院に行くように、メンタルヘルスの不調を感じたら、誰もが気軽にメンタルクリニックに行けるようにしたい。そして周りの人たちも『お大事に!』と気兼ねなく声をかけられる世界にしたい。それが僕の夢です」

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