社歴

1915年~2015年までのルンドベック社の歴史

 

草創期 (19151925年)

 

ルンドベック社は、1915年8月14日にハンス・ルンドベックによってコペンハーゲンに設立されました。最初の社員は、タイプライターの国内チャンピオンの座をたびたび獲得していた若い女性でした。この女性が後にハンスの妻となり、ルンドベック財団を創設することとなります。

 

当時、取り扱っていた商品は、機器、ビスケット、菓子、甘味料、映写機、カメラ機器や写真紙、アルミ箔など多岐にわたり、掃除機のレンタル業も行っていました。

 

1924年にエデュアルド・ゴールドシュミットがルンドベック社に入社しました。ゴールドシュミットは化学・製薬業界での経験を発揮し、新たに、坐剤、鎮痛剤等、多くの薬品の販売契約を獲得しました。また、コロンやクリームなども販売されるようになり、初めて打錠機(粉末を一定形状に固形化し成型する機械)が導入されました。

 

コラム

 

第一次世界大戦による負傷者は、神経学研究者にかつて類をみない程の研究の場をもたらしました。戦傷による肉体及び精神の機能不全を観察することで、中枢神経の各部分を、様々な人間の能力に当てはめて、結びつけられるようになったのです。

 

1917年、ユリウス・ワーグナー=ヤウレック(Julius Wagner Ritter von Jauregg)は、麻痺性認知症に対するマラリア寄生虫接種治療を発見し、これが初の精神科的治療となりました。

 

1920年、オットー・レーヴィ(Otto Loewi)は、神経伝達が化学反応であることを、実験によって初めて示しました。

 

1922年、統合失調症患者に対する持続睡眠療法(Somnifen-Dauerschlaf therapy)が始められるようになりました。1回の治療に大量のソムニフェン(バルビツール酸系薬)を投与することで、2~3週間にわたり患者は眠り続けることで治療されるようになりました。

 

自社製造施設(19261935年)

 

創立当初のルンドベック社は商事会社でしたが、1920年代半ばから、さまざまな薬剤を取り扱うようになりました。

 

1930年代には、デンマーク国内で医薬品の製造及び包装を開始し、製造量が増えるにつれ、より広い場所と多くの従業員が必要となりました。ルンドベック社は発展の道へと歩みだしました。

 

コラム

 

1929年、ハンス・ベルガー(Hans Berger)は、ヒトの被験者において初めて脳波(脳の電気的活動の測定手法)を記録しました。この発明は、現在、神経学・精神医学における一般的な診断法として、また脳研究におけるツールとして幅広く用いられています。

 

1933年、ドイツのベルリンにおいて、マンフレート・ザ―ケル(Manfred Sakel)は、世界で初めて統合失調症患者に対するインスリン・ショック治療の有効性の実験結果を報告し、電気けいれん療法や精神外科等の、“身体を介した”精神疾患治療の開発へと導きました。これらの治療法は、精神疾患が、身体疾患と同様に、体内の生物学的不均衡によって生じるものであるという、精神病理の生物学的モデルに基づいています。

 

1930年代、ワイルダー・ペンフィールド(Wilder Penfield)は、同僚のハーバート・ジャスパー(Herbert Jasper)と共に、モントリオール法(Montreal procedure)を発明し、これを用いて、重度てんかん患者の脳内で発作を引き起こしている神経細胞を破壊する治療を行いました。ペンフィールドは、手術前に、覚醒下(局所麻酔のみ)の患者の脳を電極で刺激し、反応を観察しました。この方法により、脳のどの部分を破壊のターゲットにすべきかを正確に把握し、手術の副作用を軽減することができるようになりました。この方法は、現在でも用いられ成果を収めています。

 

初の自社製品(19361945年)

 

1937年、ルンドベック社は、社内で初めて科学的なバックグラウンドを持つ社員として、薬剤師オルフ・ヒュプナー(Oluf Hübner)を採用しました。彼は、複数の医薬品をルンドベック社にもたらし、医師との対話をスタートさせました。

 

同年にカールスベア財団の生物学研究所と共同で、初となる自社製品Epicutan®(創傷治療薬)を開発しました。Epicutan®の成功により、ルンドベック社は、グローバル展開という大きな目標に目を向けるようになり、常に新たな研究の機会を大胆に模索し続けていくようになりました ― そして、そうした原動力は、今なおルンドベック社を特徴づけるものとなっています。

1939年、現在の本社所在地であるコペンハーゲン郊外のバルヴューに社屋を移転し、十分な生産設備を確保しました。この時、オルフ・ヒュプナー(Oluf Hübner)の主導により初の研究所を設立し、ここで尿路感染症治療薬Lucosil®が開発されました。当時の従業員総数は45名でした。

1943年、ハンス・ルンドベックが亡くなりました。P.V.ピーターセンが入社し、医薬品研究部門が設立されました。P.V.ピーターセンは1946年にドイツへ行き、モルヒネの2倍の効力を持つ強力な鎮痛剤Ketogan®の開発につながる化合物を持ち帰りました。Ketogan®の販売により、ルンドベック社は、海外市場をより重視するようになり、次の大きな成長期を迎えることとなりました。

 

コラム

 

1935年、ポルトガルの神経学者エガス・モニス(Egas Moniz)は世界で初めてロボトミーを実施し、その数年後、ウォルター・フリーマン(Walter Freeman)とジェームス・W・ワッツ(James W. Watts)が米国で初めてロボトミーを行いました。ロボトミーの目的は、制御できない程暴力的あるいは感情的な患者を鎮静させることであり、実際に当初は成果が認められていました。しかし、ロボトミーは、死亡率が25%であるだけでなく、制御不能な衝動を持つ患者を不自然に鎮静、鈍化させ、感情の表出を失わせました。この治療は、向精神薬の開発と共に行われなくなりました。エガス・モニスは、この研究において1949年にノーベル賞を受賞しています。

 

1936年、イタリア人医師ウーゴ・チェルレッティ(Ugo Cerletti)‎とルシオ・ビニ(Lucio Bini)は、世界で初めて統合失調症患者に対して電気ショック療法を実施し、効果を得ました。この治療法はまたたくまに広がり、米国、ヨーロッパでもっとも使用されました。かつては乱用されたこともありましたが、大幅に改良が行われ、現在も成果を上げています。

 

1938年、H. ヒューストン・メリット(H. Houston Merritt)とトレーシー J.パットナム(Tracy J. Putnam)は、大発作や、欠伸発作及び複雑部分発作といったてんかんの治療にフェニトインを用いて著効を得たと報告しました。

 

 

神経科学研究への注力(19461955年)

 

第二次世界大戦後ルンドベック社は研究活動を強化し、後の躍進の礎となる複数の薬剤を生み出しました。

ルンドベック社は、ラディスラウス・サボー(Ladislaus Szabo)を専属の細菌学者として採用しました。サボーは、1950年代早期におけるルンドベック社初の抗生物質Tyrosolvin及びTyrosolvetterの開発をサポートしました。こうした抗生物質の製品ラインによって、ルンドベック社は、米国やその他の国際市場において、強力な地位を獲得しました。

1954年に、創設者夫人のグレーテ・ルンドベックが、事業拡大並びに基礎科学研究と疾患撲滅のための資金支援を目的としたルンドベック財団を設立しました。

 

コラム

 

1949年、スイス人生理学者ヴァルター・ルドルフ・ヘス(Walter Rudolf Hess)は、内臓機能を調節する脳の領域を同定してノーベル賞を受賞しました。ヘスは、1920年代後半に発明された脳刺激技術を用い、精緻に定義された脳の解剖学的部位に電極刺激を与えることで、生理学的反応にそれぞれ対応する脳領域をマッピングしました。特に、視床下部を刺激すると、興奮から無気力まで、刺激部位により異なる行動が誘発されたのです。

 

同じく1949年、オーストラリアの精神科医ジョン・.ケイド(J.F.J Cade)が向精神薬リチウムを導入し、精神薬理学の時代が幕を開けました。その後1950年代に、一連の有効な向精神薬が発売されました。これらの薬剤は精神疾患そのものを治癒することはできないものの、その症状をコントロールすることはできました。

 

1952年、クロルプロマジン(ソラジン)がフランスで開発され、抗精神病薬として初めて発売されました。

 

最初の抗精神病薬(19561965年)

 

1959年、ルンドベック社は、世界初の抗精神病薬のひとつ、Truxal®を上市しました。この薬剤は1960年代及び1970年代にルンドベック社の薬剤の中でもっとも売れた製品となりました。ルンドベック社にとって抗精神病薬という新たな時代の幕開けとなりました。

統合失調症治療薬であるTruxal®の成功により、より高い製造力が必要となったため、ルンドベック社は1961年にデンマークのルムソスの酪農場を購入し、薬効成分を持つ化合物の製造を開始しました。

1960年代早期、ルンドベック社は抗うつ剤Saroten®を上市しました。これがルンドベックの抗うつ剤への探求の始まりであり、後のシタロプラムの発見、Cipramil®の開発へとつながることになります。

 

コラム

 

1950年代後半に、世界初の三環系抗うつ剤として、イミプラミンが開発されました。1958年9月、ローマで開催された第一回国際神経薬理学会において、米国ペンシルバニア大学の医師フレイハン(Freyhan)博士が、患者群46名(ほとんどは「精神病性うつ病」との診断)を対象にしたイミプラミンの効果を紹介し、世界で初めてその効果を論じた臨床医の一人となりました。この研究では、患者は、無気力、精神運動抑制、絶望・失望感等のような症状に基づき選ばれていました。

 

グローバルな成長(19661975年)

 

1960年~1970年の間に従業員総数は680名へと倍増し、そのうち約100名は海外従業員でした。ルンドベック社はグローバル企業へと変貌しつつありました。ニューヨーク及びパリに新規オフィスを開設し、1972年には英国ルートンに支社を創設しました。

 

オルフ・ヒュプナーは、ルンドベック社のたゆまない研究開発の進展の推進力でした。彼は1960年代に活動を広げ、カナダ、米国を訪問後、日本の科学界や製薬会社と関係を築くため日本に立ち寄りました。

その成果として、1969年には、新規物質の導入ならびにルンドベック自社製品のプロモーションを目的とした日本事務所を東京に開設しました。

 

コラム

 

1970年代、新たなスキャニング技術が開発され、医師や研究者達は頭の骨を開かなくても脳内の様子が分かるようになりました。

 

1972年、英国EMI社のG. N. ハウンスフィールド(G.N. Hounsfield)は、CTスキャンの最初のプロトタイプを作りました。アメリカ人の医師・科学者レイモンド・ダマディアン(Raymond Damadian)は、磁気共鳴の研究中に世界初のMRIを作成しました。

1974年、M.E. フェルプス(M. E. Phelps)、E.J. ホフマン(E. J. Hoffman)及びM.M.ターポゴシアン(M. M. Ter Pogossian)は、脳の活動についての情報を視覚的に得ることができるPETスキャンを発明しました。PETスキャンにより脳内の血流、酸素使用量等をモニターすることができます。

 

脳疾患への特化(19761985年)

 

60年間にわたり様々な製品によって成長と発展を遂げてきたルンドベック社でしたが、1970年代の終わりに、代理販売事業と化粧品事業の廃止を決め、以来、医薬品の開発と販売に注力することになりました。

1980年代終わりには、さらにビジネス戦略を絞り込み、脳疾患治療薬の開発、製造、販売に力を集約させていくことになりました。

 

70ヵ国でCipramil® を発売(19861995年)

 

1990年代、ルンドベック社は、うつ病治療薬Cipramil®の成功により急速な発展を遂げました。うつ病および不安障害の治療薬としてCipramil® は70か国以上で承認されました。

 

1990年の創立75周年記念までに、売上額は5億DKKとなり、8つの支社が開設されました。従業員総数739名、うち海外従業員189名となりました。

 

コラム

 

1990年代初頭、当時の米国大統領ジョージW. ブッシュが「脳の10年」を宣言したことは、脳に関連する疾患が政治的にも関心を集め始めたことを象徴しています。

 

1993年、ハンチントン病の原因遺伝子が特定されました。

 

1994年、アルフレッド・ギルマン(Alfred G. Gilman)及びマーティン・ロッドベル(Martin Rodbell)は、ヒトの細胞において、G タンパク質共役受容体(GPCR)と呼ばれるタンパク質群とそのシグナル伝達の役割を発見しノーベル賞を受賞しました。GPCRは、生理学的、病態生理学的に重要であるため、現代の多くの薬の有効な標的となっています。

1995年、ジョン・マーラー(John R. Marler)博士らにより、世界で初めて進行性脳卒中に対する有効な治療介入が報告されました。

 

Cipralex®とビジネスの拡大(19962005年)

ルンドベック社は、その成果を収め続けるために、研究活動を強化し、他社からのライセンス製品の導入を開始しました。これにより、特許権存続期限の終了した薬剤に代わる新しい薬剤を発売することが可能となりました。

ハンス・ルンドベックが創立したこの会社は、1999年6月、ついにコペンハーゲン証券取引所に上場されることとなりました。これにより、新たな資本を得て、さらなる支社の獲得が可能となりました。2000年の支社数は30社となりました。ルンドベック社の認知度がさらに上がり、経営責任が高まることになりましたが、株式で社員に報酬を提供することができるようにもなりました。

 

2002年にCipralex®/Lexapro® が上市され、世界100ヵ国で販売されるようになり、ルンドベック社の売り上げのシェアを大きく占める製品へと成長しました。

2003年に、米国に本社を持つ研究開発企業Synapticを買収し、米国の拠点となる研究部門を確立させました。SynapticはGPCRに関する領域を専門としており、この領域の知識をさらに得ることが買収の理由のひとつでした。

 

戦略的な成長への旅(20062015年)

 

2008年、ルンドベック社は、ヨーロッパ中心の企業からグローバル企業となり、新規の国際市場を獲得するため、新たな成長戦略へと踏み出しました。

2009年にOvation Pharmaceuticals, Inc.を買収、世界最大の医薬品市場である米国での基盤を確立させました。また、フランスにおいてElaiapharmを買収し、製造力を拡大させました。米国でてんかん治療薬Sabril® を発売しました。

2011年には、統合失調症及び双極性障害治療薬Saphris®/Sycrest®を発売しました。中国に研究所を設立し、さらに、精神疾患をターゲットとした革新的医薬品を提供するために大塚製薬株式会社と契約を締結したことは、歴史的な出来事でした。

Onfi®を発売し、米国のレノックス・ガストー症候群の患者に新しい治療選択肢を提供しました。

2013年には、新たな領域への第一歩として、ヨーロッパでアルコール依存症治療薬Selincro®を発売しました。

 

2014年、Chelsea Therapeutics及び神経原性起立性低血圧症治療薬Northera®を買収することにより米国市場におけるプレゼンスを拡大しました。

 

ルンドベック社の売り上げが初めて5億に達するまでに75年の年月がかかりました。その後の25年間で売り上げは30倍となり、創立100周年となる2015年には、約135億DKKに達しました。

 

コラム

 

エルンスト・バンベルグ(Ernst Bamberg)らによる光遺伝学(オプトジェネティクス)の発明・改良に対して、グレーテ・ルンドベック・ヨーロッパ脳研究財団から、2013年、Brain Prizeが贈られました。この革新的技術により、標的とするニューロンを、光を照射することで興奮または抑制させることができるようになりました。これにより、正常・異常な神経回路の特徴を解明し、さらに脳疾患の治療法を確立するための、新たなアプローチが提供されました。

 

 

製品の歴史

 

過去1世紀にわたり、ルンドベック社は、世界各国で医薬品の研究開発、製造、販売を行ってきました。現在の主要製品には、うつ病・不安、統合失調症、アルコール依存症、双極I型障害、てんかん、ハンチントン病、アルツハイマー病、パーキンソン病、症候性神経原性起立性低血圧症(NOH)の治療薬があります。

 

1937

 

最初の自社製品である創傷治療薬Epicutan®を発売

1940

 

尿路感染治療薬Lucosil®を発売

 

1952

 

急性疼痛治療薬Ketogan®を発売

 

1959

 

統合失調症治療薬Truxal®を発売

 

1989

 

抗うつ剤Cipramil®を発売

 

1996

 

統合失調症治療薬Serdolect® を発売

 

2002

 

うつ病・不安障害治療薬Cipralex®/Lexapro®を発売

 

2003

 

パーキンソン病治療薬Azilect®を発売

アルツハイマー病治療薬Ebixa®を発売

 

2008

 

不随意運動を伴うハンチントン病治療薬Xenazine®を発売

 

2009

 

てんかん治療薬Sabril®を発売

 

2011

 

統合失調症及び双極性障害に伴う躁エピソード治療薬Saphris®/Sycrest® を発売

 

2012

Lennox-Gastaut syndrome (epilepsy)治療薬Onfi®を発売

 

2013

 

統合失調症治療薬Abilify Maintena®を発売

 

アルコール依存症治療薬Selincro®を発売

 

2014

 

うつ病治療薬Brintellix®を発売

 

症候性神経原性起立性低血圧症(NOH)治療薬Northera®を発売

 

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